クリスチャン・ボルタンスキー展

木曜日、

予定のない夏休みって、なんてあっという間に過ぎるんでしょう!

5月の連休明けから後の溜まった新聞のスクラップして、サン=サーンスの練習をして、ブログ書いてたらお昼や!で、午後は頂いたチケットで、六本木、新国立美術館のクリスチャン・ボルタンスキー展へ。


しかしこれは一人で行って正解、でした、

薄暗く、天井の高い新国立美術館の空間はひんやり。EF2D55BD-5934-49C1-9DE6-69280BCB2164.jpeg

遠くからベルの鳴る高い音や、心臓の音が遠くから近くから響いていて、あの世と繋がっているような気配。

作品名の表示はなく、暗い中、お客さんが新聞のようなパンフレットをかさかさとめくる音も断続的に聞こえていました。

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ボルタンスキーは、膨大な数の死んでしまった人たちの写真を集めて、それをモニュメントにしているのです。ビスケットの錆かけた缶に写真が一枚ずつ貼られているのがずっと積み重ねられているのに圧倒されました。

モノクロのかすれてぼやけた写真が、生きていた「証拠」、この写真の中には犯罪者も、被害者もいるのだそうです、でも、こうして並べられてしまうと分からない。


「ぼた山」に近づくと、それが黒い上着が積み重ねられたものとわかります。2959B1E3-C7BF-4495-87B4-75DE827BAC79.jpeg

一方でカラフルな、いろいろな年齢や性別の人が身につけたであろう衣類が天井から床までびっしり。


一個人の存在は、覚えている人がいなくなったら消えてしまう、けれど、一枚の写真や衣服が証拠として残る。

確かに越後妻有でみた廃校全体をインスタレーションにする迫力はないにせよ、各都市で支持をされている作家である理由がわかるのです。

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この展覧会のための新作「廊下の幽霊」。

地下のミュージアムショップの横でボルタンスキーの「可能な人生」を上映していましたので、半分くらい見ました。なるほど、これは心にぐっと爪跡を残すアートなわけだ、、最初から観たかったわ。

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でも18時閉館に合わせてしまったので仕方ない、と思いつつ下北沢で時間調整。続く。













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