百枚目の写真

8月になると、どうしても考えてしまうのが、戦争体験の無い自分の年代がどうやってその記憶を次の世代に伝えるか、ということ。

なにやら政治の世界ではナチス絡みの発言や、島の領有権問題できな臭い煙が上がっているのを感じます。
しかし、煙で終わらせなければね。

そんな今だからこそ、こんな演劇の意味があるというもの。画像

トム・プロジェクト プロデュース
「百枚目の写真~一銭五厘たちの横丁」


実によくできた舞台で、中央のスクリーンに、大きく戦地に動員された兵士の留守家族の写真が映し出され、それぞれのエピソードがナレーションで語られます。そしてその中の一つの家族、根本家の物語がクローズアップされます。

以下はトム・プロジェクトのサイトから。

「一銭五厘たちの横丁」は、1975年に児玉隆也著、桑原甲子雄写真で出版され話題になった本である。因みに、タイトルの「一銭五厘」とは、当時召集令状の葉書が一千五厘だったことに拠る。たった一銭五厘の薄っぺらな葉書一枚で、東京の人情豊かな下町から夫や息子が戦場に消えていき、残された家族の生活が変貌していく姿を写真とルポタージュで克明に記された本のなかに、平凡な生活の中に庶民のかけがえのない家族の絆、体温を感じさせられる。
声高に戦争の罪などを問うわけでもなく、ただ真摯に生きる家族の姿を淡々と描くこの書の中に、これからの生きるヒントがいくつも隠されている。


そうだよなあ、これが昭和、両親と自分が通り抜けてきた時代だよなあ、と思いつつ観たのでした。(ちなみに自分の父方の祖父もボルネオでマラリヤにかかり死んでいます)。
観客の多くの方がどこかで昭和につながっている年代だと思われたので、恐らくみなさん同じような感想を持たれたと思います。

ただ、若い世代の人にとってはどうなんだろう。
なぜ、日本があの時代、そんな状況に向かって行ってしまったのか、それを感じさせる部分がなければ、記憶を伝えたい世代には響かないのではないのかしら。

(こんなレヴューも発見しました。http://plaza.rakuten.co.jp/yizumi/diary/201307250000/他にもたくさんレヴューが出ているようです。 )

そんな中で、ああ、と頷いたセリフ。ラッパ長をしていたという人物のモノローグ。

「自分がラッパを教えたやつはみんな上手くなって、真っ先に敵に突っ込んで行っちゃった。
なにかの役にたつ音楽なんかいらないよ。何の役にも立たない音楽がいいよ」

ちょっと違っているかな。
多分、その数時間前に聞いた谷川俊太郎さんのお話が頭に残っていたせいだ、と思いますが、これはオリジナルのルポにあったのでしょうか。

あの戦争は間違っていた、と言われて、その通りだ、ということは簡単。
でも、大切なことは、自分で気付かないとね。

さて、「風立ちぬ」はいつ見に行こうかな。

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック